軽井沢・万平ホテル

既に4月も残すところ10日足らず…
今週末から ゴールデンウィークの幕開けです

ビートルズのセミナーも終わりましたが
ジョンレノンとオノヨーコさんと息子のショーン君が
度々夏を過ごした軽井沢の万平ホテル
先月19日に行った時のご報告です


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訪ねた3月19日の前日18日の午後3時より
冬季休業から再開するというので
19日・日曜日のランチを予約して、早朝 家を出ました

3連休の中日で、道路は混んでおりましたが
何とかお昼に間に合いました


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選りすぐられた食材で、心を込めて丁寧に作られたお料理…
久しぶりに夫と二人、贅沢なランチに舌鼓を打ちました

こちらのテーブルウエアーのモチーフは「鈴蘭」
時代と共に
鈴蘭のデザインも変わったきたようですが
可憐な鈴蘭は清々しくて素敵ですね


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昼食の後は
100年以上の歴史あるホテルの展示がしてあるギャラリーを見学しました

世界の要人も宿泊した このホテルの歴史を垣間見る
様々な展示物に見入りました


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ジョンレノン一家が宿泊した幸せそうな写真も展示されていましたよ!
ジョンがつま弾いたとされるピアノもありました

ジョンが1980年に射殺される前の4年間は
毎年ここを訪れていたとか…
レノンは、息子のショーン君(和名は小野太郎というようです)が生まれてから
5年間ほど、仕事を休んで育児に専念していたとか…
ジョンにとって、ここを訪れていた時は、とても幸せな時だったのかと思います


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ギャラリー見学の後は
街に出て、ジョンレノンゆかりの店を訪ねました
未だ冬眠から覚めないで、シャッターが閉まっている店もありましたが
連休の中日は大勢の人でにぎわっていました

フランスベーカリーでジョンのお気に入りのパンをたくさん買って

今の天皇皇后両陛下の💕恋のテニスコートも見ながら…

万平ホテルにまた戻り

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ジョンが大好きで、よくオーダーしていたという
ロイヤルミルクティーを
私も頼んでゆっくりいただきました


(ロイヤルミルクティーはイギリスにはない日本独特のアレンジティーですが、万平ホテルでは、どのように作っていらっしゃるのかダメもとでお聞きしてみましたら、私達ティーインストラクターがお勧めしている、日本紅茶協会の作り方とほぼ同じで…茶葉をミルクに入れる前、熱湯でしっかり蒸らす方法をとっていらっしゃるとか…仕上げには、ホイップした生クリームを浮かべるところは、オリジナルでいらっしゃいますが、そんなしっかりとした淹れ方をしているので、ジョンもお気に入りだったかもしれませんね…ご親切に教えていただき、ありがとうございました)


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ランチの時のコーヒーカップの「鈴蘭」とは
又~違うカップ&ソーサーで
ゆっくり・ゆっくり味わっていただきました


万平ホテル訪問は
ビートルズのセミナーのための取材でしたが
ジョンレノンの人としての想いを強く感じた
いい旅になりました

この取材も含め、ビートルズの偉大さ
そしてジョンレノンの才能が
40歳の若さで失われたことの残念さが強く感じられて
自分にとっても有意義なセミナーであったと痛感しています

今度は夫も一緒に リバプールを訪ねたいね…と
夫婦で話しております
いつ実現するかな~!






by karibu-chai | 2017-04-24 18:03 | 素敵な体験 | Comments(4)
Commented by maribabalondon at 2017-04-24 23:54
写真、まだジョンレノンもヨーコも若かったですね。
ヨーコオノはやはり、とても強いもの感じますね。
先日もジョンレノンの曲を聞いていて、聴けば聴くほど
素晴らしいと感じます。
まだ40代だったのですね・・・
Commented by karibu-chai at 2017-04-25 09:18
maribabaさん~♪

ジョンもヨーコさんもお互い2度目の結婚で、それぞれの
境遇も違うのになぜ魅かれて行ったのか・・そして息子の育児に
献身的に関わったジョンの姿にも興味がわきました。
母と自分を捨てた父親のお蔭で、ジョンは5歳でおばさん夫婦のもとで育ったのですが、やはり母親と離れて暮らす寂しさは、
普通の家庭で育った者にはわからない感情があると思います。
かたや・・ヨーコさんは裕福な家で育ちましたが、いつも孤独を
感じているような、多感な少女時代だったようで…
自分表現の仕方はまちまちでしたが、そんな多感な時期の
取り巻く環境は、後の人生観に大きく影響があるのでは…
それはベースになっていると思いました。
これは誰にでも当てはまると思います。
私も、自立していく子供たちを見ていて、その感を強く
感じます…良くも、悪くも反面教師にもなるかもしれま
せんが、親を中心とした家庭の役割はとても大きいと
思っています…
ジョンのような才能ある人が40歳で亡くなったことは、
本当に残念でした。

ポールとジョンがこんな近くに住んでいて、
二人が出会って始まったビートルズストーリー!
人との出会い・縁は不思議です!


Commented by moriatyk7 at 2017-04-27 16:10 x
万平ホテルは私も大好きでほぼ毎年のように出かけています。眺めの良いテラス席も好きですが、重厚でクラシックな雰囲気を楽しみたいのでいつも中で食事をしています。一昨年にはそんな私の軽井沢好きを察して?息子が万平で結婚披露をしてくれて嬉しい出来事でした。
もともとはサガンの翻訳家の朝吹登水子さんの「軽井沢物語」を読んだのがきっかけで訪れるようになりました。優雅な貴族のような暮らしをなさっていた朝吹さんの別荘を見たみたい(ちょっとミーハー?)とつるや旅館の先を何度も探しましたが見つからず、そのうちタリアセンに移築になったことがわかって訪ねたことがありました。まだ昔の空気感が残っているようでその雰囲気に浸ってまいりました。万平ホテルも朝吹さんの別荘も歴史を感じる建物は気分を優雅にさせてくれて大好きです。
また、東北の基地の町で育った私はちょうどオリンピックの年小6の頃(年がばれちゃいましたね)ビートルズが来日する前によく基地のラジオ(FEN)を聴いていました。幼いながらなんてオシャレな曲なんでしょう!と思ったのがビートルズの曲だったのです。その年1964年、おそらくアメリカツァーの帰りかなんかで基地に寄り(ですから来日とは言わないのですね。)コンサートをしたのを覚えています。合奏部でアコーディオンを担当していましたが、練習後、先生からビートルズのコンサートへ先生と生徒数名をご招待といまでは信じられないような話がありました。それとビートルズがまだ駆け出しの頃だったからかもしれません。じゃんけんに負けて私はいけませんでしたが、後から女の先生が興奮して何度もお手洗いに行った話を聞きました。きっと基地という特殊な環境にあったからこその出来事だったのでしょうね。
Commented by karibu-chai at 2017-04-27 23:38
moriatyk7さん~♪

中身の濃い~いコメントをいただき、ありがとうございます。
拝見しmoriatyk7さんの軽井沢に寄せる思いは、どんな
人より旺盛なんだな~と思いました。
又、米軍基地へ寄ったビートルズの知られざる真実。
びっくりです!! 本当ですか??って思いますよ。。

でも小さいながら、ビートルズの曲は、素敵だったんですね。あ~血が騒ぐ~~~!!
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